2025年3月度 年収の壁×労働時間の実態レポートを発表しました。

分析用求人ビッグデータを提供する、株式会社フロッグ(所在地:東京都千代田区、代表取締役:阪野 香子、以下「当社」)は、「年収の壁×労働時間の実態レポート」を発表しました。
※本調査はアルバイト・パートの雇用形態において、「イーアイデム」「バイトル」「マイナビバイト」に掲載されている求人情報を収集・集計しました。
概要
これまで学生アルバイトの間では、いわゆる「103万円の壁」を意識し、年収がその水準を超えないように働く時間を調整する「働き控え」の傾向が見られました。103万円を超えると扶養控除の対象から外れ、親の税負担が増える可能性があるため、多くの学生がシフトを抑える判断をしていたのです。
しかし、2024年12月に閣議決定された令和7年度税制改正大綱では、学生が税制上の扶養から外れる年収の壁が2025年4月より「103万円」から「150万円」へと大幅に引き上げられます。この見直しにより学生の「働き控え」の解消が進めば、慢性的な人手不足に悩む企業にとっても追い風となる可能性があります。
では「年収の壁」が引き上げられることで、実際にどれだけの労働時間が新たに生まれるのでしょうか。本レポートでは、当社が保有する求人ビッグデータをもとに追加で創出される労働力のポテンシャルを分析し、また高時給で知られる「コストコ」と全国および東京の「コンビニ/スーパー/レジ」職種の平均時給を比較することで、「年収の壁」引き上げによる働き方への影響を見ていきます。
トピック
■学生アルバイトが意識する「年収の壁」が150万円に引き上げられることで、都内スーパー(時給1,217円)では年386.2時間の追加労働が見込まれる一方、社会保険の「130万円の壁」問題は残るため「働き損」への懸念が続く。
■ただし、高時給で知られるコストコ(時給1,500円)では社会保険加入後も手取りの増加が期待でき、全国平均スーパー(時給1,086円)との大きな賃金ギャップが浮き彫りに。
「103万の壁」引き上げによって生まれる労働時間

では、これまで「103万円の壁」を意識して働いていた学生が都内の「コンビニ/スーパー/レジ」職種(以下、スーパーと記載)で年収150万円まで働くようになった場合、新たにどれだけの労働時間が生まれるか見てみます。
都内スーパーの平均時給1,217円(2025年3月第1月曜日時点)で計算した場合、年収103万円への到達に必要な労働時間は843.6時間、150万円への到達に必要な労働時間は1232.5時間であり、年収の壁引き上げによって386.2時間の労働時間が生まれます。
これを月あたりの労働時間に換算すると32.2時間、週あたりでは7.5時間となり、一人の学生が週1回のフルタイムシフト、週2回の4時間シフトを毎週追加できる換算となりました。

しかし、税制上の扶養から外れる年収の壁が「150万円の壁」に引き上げられたとしても、社会保険上の扶養から外れる「130万円の壁」は依然として残っています。厚労省の「年収の壁について知ろう」によれば、年収130万円を越えて健康保険・厚生年金保険に加入した場合、将来の給付は増えるものの約15%の社会保険料負担が発生します。
したがって年収130万円を1円でも超えてしまった場合、手取り年収は約110万円となります。仮に150万円まで働いたとしても手取り年収は約127万円となり、「130万円の壁」を越えてしまうと約3万円分の「働き損」が発生する計算となります。
そのため、扶養内で働ける壁が103万円から150万円まで引き上げられたとしても、実際には「働き損」の影響で「130万円の壁」を意識して働く学生が多いと予想されます。
その場合、年収103万円への到達に必要な労働時間は843.6時間、年収130万円への到達に必要な労働時間は1068.2時間であり、新たに221.9時間の労働時間が生まれます。
これを月あたりの労働時間に換算すると18.5時間、週あたりでは4.3時間となり、一人の学生が週1回の4時間シフトを毎週追加できる換算となりました。「150万円の壁」と比べると新たに生まれる労働時間は少なくなりますが、「103万円の壁」から「130万円の壁」までの221.9時間分の働き控えが解消されるため、人手不足緩和には一定の効果が期待できるでしょう。
コストコと全国・東京のスーパーの時給比較

「130万円の壁」を越えても「働き損」にならないために、より高時給の職場を選ぶ求職者が増えることも予想されます。そこで注目されるのが、全国一律で1,500円という高時給を設定している「コストコ」です。では、東京都や全国のスーパーで働くケースとコストコで働くケースを比べた場合、求職者の賃金にどのような差が生まれるのでしょうか。
コストコホールセールジャパン株式会社のHPによれば、パートタイム・フルタイムともに時給は一律1500円スタートであり、正社員も時給制であると記載されています。実際に「コストコホールセール」を企業名に含む求人を見てみると、時給は1500円で推移し続けています。東京都のスーパーの平均時給は2年間で1,130円から1,217円(増加額+87円、増加率+7.70%)に上昇。東京都を除く全国のスーパーの平均時給は2年間で999円から1,086円(増加額+87円、増加率+8.71%)に上昇しました。

コストコと全国の平均的なスーパーの時給で働いたケースを比較すると、年収130万円までに必要な労働時間はコストコで867時間、全国スーパーで1197時間となりました。
仮にコストコの時給で全国スーパーと同じ1197時間働いた場合、年収は約180万円に。「130万円の壁」を越えて社会保険料が発生しても手取りは約153万円となり「働き損」は生じません。つまり、同じ労働時間でも時給が高ければ手取り収入に大きな差が出るため、求職者に「年収の壁」や「働き損」を意識せずに柔軟に就業してもらえるようになる可能性が高まります。
全国的にスーパーの平均時給は緩やかに上昇を続けているものの、コストコとの間には約414円の賃金ギャップがあります。全国スーパーの平均賃金が現行の上昇ペース(約+3.625円/月)を維持し、コストコが時給を引き上げなかった場合、全国スーパーの平均時給がコストコの水準である1,500円に到達するのは2025年3月から約9年半後の2034年9月頃と見込まれます。
そうした状況の中、一律賃金で全国展開しているコストコが全国的に進出を強化すれば、人材流出や賃上げ圧力といった課題に直面する事業者が増えるかもしれません。
まとめ
「103万円の壁」の引き上げによって、学生アルバイトを中心とした「働き控え」の解消が期待され、数百時間単位の新たな労働力が市場に供給される可能性があります。これにより、慢性的な人手不足に悩む現場において、柔軟な人員確保の手段が広がることが見込まれます。
一方で、「130万円の壁」は依然として存在し、社会保険料による手取りの目減り=いわゆる「働き損」への懸念は続きます。ただし、たとえばコストコのような時給の高い職場では同じ労働時間でも手取りが大きく増えるため、130万円の壁を越えても実質的な損失は発生しないことも分かりました。
また、厚労省が打ち出した「年収の壁・支援強化パッケージ」では、繁忙期などの影響で一時的に収入が増え年収が130万円を越えた場合、事業主の申立てにより引き続き学生が扶養内にとどまることができる仕組みが整備されています。これにより、短期的な勤務増加がすぐに手取り減につながるという不安もやわらぐ可能性があります。
制度面と現場対応の両面でサポートが進めば、これまで就労を控えていた層の就業促進が進み、眠っていた労働力の掘り起こしにつながる可能性があるでしょう。
本件の詳細はこちらのPDFよりご覧ください。
【2025年3月度】 年収の壁×労働時間の実態レポート